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2009、02、02
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俺、ジャッカル桑原は今、珍しいものを見ている。
それは・・・その・・・
あんまり本当は見たくないものなんだが・・・。
なにせ本当に珍しいもんだから、周りも止めるタイミングを見失ってて・・・

実は、真田と・・・あの笹本が喧嘩してるんだ。
・・・珍しすぎるだろ?





立海テニス部の夫婦喧嘩 1






その日は、たまたま真田の虫の居所が悪かったみたいだった。
だから俺達は極力近づかないようにしていたんだ。だって、理不尽に殴られたらたまんねえじゃねえか。

真田の機嫌が悪いときは、長年の付き合いからか、笹本はそれを察してそっとしとくことが多い。
秋原も俺達と同じように近寄らないし、比較的殴られることのない立場にある柳でさえ気を遣うくらいだ。

そう、その笹本の真田を気遣った一言が原因で、喧嘩してるんだ。


「今日、先生から預かった書類、私も手伝うよ」


部活終了の号が終わった後、笹本が真田にそう話しかけた。
風紀委員長である真田が預かった書類の数々のことを言っているんだろう。
いろいろな都合があったらしく、今日になってまとめて真田に渡された書類は結構な量で、一人で処理するには大変だ。
笹本は練習で疲れているであろう真田を気遣ったのだ。ということは、容易に想像が出来る。
俺達も、「ああ、頼もう」という真田の返事が来るであろうと、そう思っていたから別段気にしてなかったんだ。

でも、今日は違った。


「お前に手伝って貰う事はなにもない」


きっぱりと、そう素っ気無い態度で笹本を突っぱねた。
笹本は少し面食らったような顔をしている。予想と違う言葉に俺達も思わずそちらの方を振り返った。
1番大事にしているであろう、幼馴染にまでそのような態度をとるとは。
今日の真田は思ったよりも相当機嫌が悪かったようだ。眉間の皺が深い。


(今日は殴られなくて、本当に奇跡だぜ・・・)


と、そう思ったが、今は目の前の状況だ。
何だか雰囲気が悪い。


「・・・だって、書類たくさんあるようだし・・・出来る限り手伝いたいって思ったんだけど」
「それは必要ない。お前は風紀委員ではないし、自分に課せられたマネージャーの仕事をこなしていればいい」
「でも一人だと大変だし、負担が多すぎるよ」
「自分でやると決めた事。俺は決めた事を変える気は無い。」
「何でそうやって意地を張るの?」
「意地など張っていない。これ以上の話は無駄だ、透」


きっつい一言だな、おい・・・。

笹本も少しムッとしたような様子だ。しかしここは長年の付き合い。
軽く深呼吸して、あくまで真田を気遣う様子で、皇帝を刺激しないように自分を落ち着けているようだ。


「お前にも仕事があるだろう。お前に無駄な苦労をさせるわけにもいかん」
「弦一郎のそういう気持ちもわかるし、ありがたいと思ってるよ。でも私だって弦一郎に負担かけたくないの」

そう笹本は心配そうな顔をする。
笹本の言っていることは理解できるし、マネージャーとして、幼馴染として気遣っていることが感じ取れた。
しかし、雰囲気は一向に重いままだ。


「弦一郎は昔から何でも1人で抱え込もうとするでしょ。その負担を軽くしたいの。」
「いらない世話だと言っているんだ」
「もっと頼ってくれていいのに」
「他人に甘えて自分だけが楽になろうとは思わん」

ああ言えば、こう言う。
と言った感じで、お互いに譲らない。

(・・・笹本もあれで頑固だからな・・・・・・)


「甘えと、頼るって違うと思う。マネージャーっていうのは選手の負担を少しでも軽くするためにいるようなものでしょ?」
「その本人が、無用と言っているんだ。それならば無理に手伝う必要などない」
「・・・私達がわざわざ無理して手伝ってると思ってるの!?」



(おいおいおい・・・・やばいんじゃねえかこれ?)


先程まで、まだそれなりに柔和だった笹本の雰囲気が変わった。
笹本に帯びているのはまさしく怒気だ。
秋原はその様子を黙ってじっと見つめていた。



「そんなことは言っていないだろう!いい加減にしろ、これは俺の仕事だ!」


笹本の態度に真田も引っ込みがつかなくなったのだろう。一層声が大きくなる。
ビリビリとこちらまで飛んでくる覇気。
その真田を目の前にして、怯むことなく睨みつけてる笹本も凄い。
レギュラーも平部員も、その光景を見つめたまま呆気にとられて、固まって動かない。


「練習で疲れてるし、少しは休んだ方がいいって言ってるの!!」
「しつこいぞ透!!」
「何でそういうこと言うの!?」
「お前こそ、そこまでムキになることもあるまい!」
「私は心配してるの!!」
「お前のそれは押し付けではないのか!?」
「!!」


(おい、それは言いすぎだろ真田・・・・・・)

一瞬笹本が悲しそうな目をしたのが見えた。本当に一瞬だけ。


「~~~っっ!!!この分からず屋!」
「っ!!それはお前だ!」
「頑固者!!!」
「それはお前とても同じだろう!!!」


完全に痴話喧嘩に入った。
笹本も先程とは打って変わって、冷静さを失っている。


「お、落ち着いて下さい、真田くん!透さん!」
「少し黙ってて」

ピシャリと柳生を切り捨てて、横目で柳生を睨む。
いつにない色を孕んだ眼に、さすがの柳生も冷や汗が垂れている。
何せここにいる俺達全員が笹本が怒ったところなんて見たことがないのだから、その雰囲気に呑まれてしまってもしょうがないが、はっきり言って・・・恐い。
さすが幼少時より真田と共に育っただけのことはある。
背後に毘沙門天でもいるかのような錯覚を覚えた。


「私達ってそんなに頼りない?手伝うのはいけないこと?」
「黙れ!!くどいぞ透!!」

「お、おい真田!」「弦一郎!」「ちょ!副部長!!」「っ!!」


真田が右手を瞬間、大きく振り上げた。
逆上して無意識のうちにビンタの体勢に入ってしまったんだろう。
俺、柳、赤也の言葉や、周りの反応で、ハッと我に帰ったのか、右手が宙に浮いたまま止まった。
そこで笹本を見れば。

・・・・・・大したもんだぜ・・・

笹本はビンタがくるであろうと分かっていたはずなのに、眼をしっかり開いたそのままに真田を見据えていた。
皆がゴクリと息を呑んだのがわかった。


「・・・殴るの?」
「・・・っ!」
「殴るのね?」

笹本が真田の目を見たまま言った。
口調は先程よりも随分と冷静だが、ヒヤリとした冷気さえ纏っている。


「殴るなら殴りなさい」
「なっ・・・」
「私はこのテニス部の調和を乱した不届き者だわ。いつものように殴ればいいじゃない」
「・・・・・・・・っ」
「さあ、真田副部長」


ゾクリと寒気がした。 
笹本はゆっくりと目を瞑り、背筋を伸ばして殴られる準備をする。
皆、2人の一挙一動を見守っている。
笹本の方が1枚上手のような気がした。その度胸に完敗という感じだ。
真田の手が、止まったまま震える。





「2人ともそこまで」




静寂を打ち破るように、幸村がそう声をあげた。
真田の右手が静かに下りる。
皆も安堵したかのように、口々に溜め息を吐く。


「何をぼうっとしているんだ。解散の号は出ているはずだ。部員は速やかに各自成す事をしろ」
「「「「っは、はい!!」」」」

幸村の声で、先程まで足に根が生えたように立ち止まっていた部員達がいっせいに動き出す。
レギュラーメンバーと秋原は、例の2人と幸村を遠巻きに見ていた。


「・・・まったく。これでは部員に示しがつかないだろ真田」
「・・・すまん」
「謝るなら透に言うのが先じゃないかな」
「む・・・・・・」
「真田を本当に心配して、ああ言ったのに。それを無下にするようなことを言っただろ?」
「・・・・・・」

真田は幸村の声ですっかり冷静さを取り戻したのか、複雑な顔をして笹本を見ている。


「いいの精市。別に気にしてないから」
「透・・・その」「ごめん弦一郎。手助けは必要ないって言ったのに、しゃしゃり出るような真似して」
「・・・いや」
「・・・どうしても終わらなそうだったら声かけて。手伝うから」
「ああ・・・その透、」「精市も・・・ごめんなさい。騒がして、精市にまで迷惑かけちゃった」
「いいさ。部員の面倒見るのが部長の仕事だからね」
「・・・ありがとう。・・・あ、柳生もごめん・・・。せっかく止めようとしてくれたのに、あんなこと言って・・・」
「いえ・・・気にしていませんので」
「透、その・・・」「先に帰るね弦一郎。書類整理頑張って!」
「あ、ああ・・・」
「行こう伊織」


笹本はそのまま秋原の腕をとってマネの部室に歩き出した。
完全に真田が置物と化している。
結局真田は謝罪の言葉を一切口にしてない。
その場に残されたのはレギュラーメンバーのみ。


「・・・・・・・・すまん」
「謝るのは俺達にではないぞ、弦一郎」
「う、む・・・」
「っていうか結局謝ってないじゃないスか副部長!!」
「いいとこないのう」
「透は謝ってたけどよ。どっちかっていうと真田の方が悪ぃよな」
「・・・・・・」
「ええ。気遣う透さんにあの仕打ち。本当に殴るおつもりだったんですか?」
「いや、そんなことは・・・」
「でも右手出てたじゃないスか」
「俺達の声が聞こえていなかった場合、笹本を殴っていた確率62%だ」
「もし殴っとったら人間性疑うところじゃ」
「あれは女にくらわす一撃じゃねえしな」
「・・・・・・・・・」
「・・・ま、まあ真田も十分頭冷やしたみてえだし、これくらいで許してやったらどうだ・・・?」
「甘いぜジャッカル!」
「つい、赤也や俺を殴るつもりで無意識に体が反応しちまっただけだろ?な!真田(・・・言ってて悲しいぜ・・・)」

俺の言葉に、真田は眉間の皺をまた一層深くした。


「何がともあれ、真田。透にはちゃんと謝った方がいい」
「フ・・・先程の笹本は見事に有無を言わせない態度だったな。興味深い」

(なんのデータとってんだよ・・・)

柳がノートにメモ書きをしている。
・・・笹本も大変だよな・・・

「っていうか、透先輩も怒るんスね~。俺怒ったところ初めて見たッスよ」
「・・・そうですね。彼女はいつもおっとりとしていて、争いごとは嫌いな性分のようですからね」
「・・・俺も初めて見た」
「え!?そうなのか?」

真田がポツリと衝撃的事実を言った。


「うむ・・・。俺も実は少々驚いていてな・・・」
「透と真田って幼馴染なんだろぃ?喧嘩の1回や2回くらいあるんじゃねえの?」
「いや、それがまったくと言っていいほどなくてな・・・・・・」
「・・・お前さんと透は、出会って何年目じゃ?」
「・・・・10年だな」


10年・・・・・・。
気の遠くなるような歳月だ。
10年も一緒にいたのに、1回も怒ったところを見たことがないとは・・・。
それも凄い。真田はいつも怒ってばかりだから、諌める透は随分と大変だったはずだ。
すでに慣れているだろうとはいえ、ストレスが溜まるような日々だったことは想像がつく。
俺だったら3日で胃に穴が開いてるところだぜ・・・。
思わず笹本に尊敬の念を抱かずにいられない。


「真田、透が何言っても怒らないとでも思ってない?」
「っ!・・・そんなことはない!」
「でもきっと今までも、言葉に出さなかっただけで、透はいろいろ我慢してたところあると思うよ。思い当たる節はたくさんあるだろう?」
「・・・・・・・・・」
「朝の4時から練習つき合わせたり」
「・・・・・・・・・」
「1日中剣道の相手やらせたり」
「・・・・・・・・・」
「聞きたくもないだろうに、延々と将棋の講釈したこともあるんだって?」
「ゆ、幸村・・・それは、」
「透が異を唱えようとすれば、「異議は認めん」」
「っ・・・・・・」
「透が失敗すれば「たるんどる」」
「う・・・・・・」
「こんなに理不尽なのに、透からは弦一郎の文句なんて、俺聞いたこと無いよ」
「・・・・・・・・・・・・・」

幸村の話に口々に皆が口を開く。

「・・・そんなことをやらせていたのか弦一郎」
「理不尽にも程があるだろぃ」
「うわぁ・・・透先輩大変だったんスね・・・っていうか、透先輩が凄え・・・」
「真田くん・・・長い付き合いだからといって透さんに甘えすぎです。いえ、透さんが優しすぎるのか」
「なんじゃ、まるで亭主関白じゃのう」
「真田・・・そういう人間は大切にした方がいいぜ・・・(俺とか・・・)」
「っていうか、大切にするべきだよね?弦一郎」

幸村の言葉で真田は完全に黙ってしまった。
沈黙が痛い。


「・・・それと、伊織にも謝るべきだ」
「伊織に?」
「わからないようなら、真田は透に謝る資格すらないよ」
「・・・・・・・・・」

軽く頭を捻る真田。
俺も正直、真田が秋原にも謝る理由が今ひとつピンとこない。
幸村が言葉を続ける。


「わからないのかい?透は、幼馴染だから言ったわけじゃないんだ。マネージャーとして、一選手である真田の負担を軽くしてあげようとして言ったんだよ」
「っ!」
「・・・気づいたみたいだね。皆も、勘違いしてるようなら言うよ。マネージャーはただの洗濯係じゃない。俺達のサポートをしてくれているんだっていうことを、皆理解してる?」

沈黙が重い。俺を含めて、皆一様に真剣な顔で黙る。

「彼女達がやっているのはボランティアじゃないんだ。透の言うとおり、マネージャーは俺達選手の負担を少しでも軽くするためにいるんだ。少しの時間でも練習に回せるように、休息に当てることが出来るように、頑張ってくれてる存在なんだよ。それを弦一郎は無下に断ったんだ。その意味がわかるかい?」


その言葉に、弦一郎は相当ショックを受けたようだ。
目を見開いたまま固まっている。
かく言う俺にも相当な衝撃だった。
確かにそうだ。あいつらは自分の意思でここに所属しているとはいえ、俺達のためにそこまでする義理立てはないのだ。


弦一郎がたっぷり間を置いて口を開く。


「・・・・・・謝らねば・・・」
「伊織にも、透にもね。特に透には10年分ね」
「う、む・・・・・」

そう言ってマネの部室に向かおうとする真田。
それを柳が制する。

「待て弦一郎。今謝りに行ったところでまた言い合いになる確率は非常に高い」
「むっ」
「・・・そうじゃのう、一旦は終了したことじゃ。今掘り返しても逆効果じゃろ」
「最後は怒ってないようでしたが、かなり頭にはきてたようですからね」
「まあ・・・最後のあの喋り方見たらそうッスよね・・・」
「無言だったけどよ。俺、伊織が結構恐い顔してたの見たぜ?」
「ここは、間を置いてから改めて謝罪しに行った方がいいだろう」
「そうか・・・」

どことなく皇帝には哀愁が漂っていた。
しかし、同情する気にはなれない。これは真田が全面的に悪い。


「俺の今の言葉、肝に銘じておけ。これは全員に言えることだよ」

無言で皆が頷く。
俺もマネージャーへの認識を改めた方が良さそうだ。
俺と同じように、何人かは自分に言い聞かせるように頷いている。


「まあ、真田も反省したようだし、着替えよう皆」
「う~ッス」

幸村の言葉に皆ぞろぞろと部室に向かって歩き出す。
部室に入る間際に、笹本と秋原の後姿が見えた。
もう角に曲がって消えていくところではあったが、笹本の様子も、秋原の様子もいつもと変わらないように見えた。
いや、あいつらが2人で歩いていて無言であることが、すでに異常なのかもしれない。


(・・・明日の朝が・・・気になるな)

喧嘩の後の、初顔合わせが気になる俺だった。
それより、真田がちゃんと2人に謝ることができるのかということの心配の方が大きかった。

(・・・俺もお人よしだな・・・・)



【続】

長っ

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