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2009、02、02
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俺はあいつが泣いているところを見たことがなかった。
初めて会ったときから、あいつはいつも笑っている。
あいつは泣かない奴なんだって、何故か勝手にそう思いこんでいたんだ。







こぼれる夏休み







「っく・・・っ・・」


しゃくりあげるような声が聞こえた。





小学5年生の夏休み。
俺と透はやっぱり相変わらず毎日テニスと剣道ばかりしていた。

連日そのような日が続き、さすがに疲れの溜まった日曜日。
午前は剣道の稽古。午後は夏休みの宿題をする時間。というのがもう決まった日程になっていた。
お決まりのように、俺の家で透と一緒に宿題をする。

透は昔から成績優秀だ。
だからといって、俺より勉強している節もない。
でも不思議なことに俺より勉強ができるのだ。
それが少しだけ悔しかったりする。
俺に教えるときは先生みたいな丁寧な口ぶりで、それこそ担当の教員よりも分かりやすく教えてくれるときさえある。


ふあ・・・


(・・・眠いな)


道場で思い切り体を動かした後の勉強。
まだ十分な体力がないことも相まって、俺の眠気はそろそろピークに達していた。


「弦一郎・・・お昼寝しない?私も眠い・・・」


俺の欠伸につられたのか、透も鉛筆を持ったまま欠伸をした。
やはり、透も俺と同じように眠気が来ているんだろう。
後半の字がとりとめもないものになっていた。



「そうだな・・・。一眠りしてから続きをやることにするか・・・」


その言葉にコクンと頷いて、いそいそと押入れからタオルケットを取り出す透。
透は長年一緒にいるため、俺の家なのにも関わらず、大体は何処に何があるのかを把握している。
タオルケットを受け取って、座布団を枕にする。
隣には透。すでに瞼がとろんとしているのが確認できた。

「・・・おやすみ・・・弦一郎・・・」
「おやすみ・・・」


透の寝息も俺の寝息も、すぐに呻る扇風機の中に消えていった。







「っく・・・っ・・」




どのくらい寝ただろうか。
しゃくりあげるような声が聞こえた。


(誰かが・・・泣いている・・・)


意識が浮上していくにつれて、次第にはっきりと聞こえてくる。
目をうっすらと開けてみると、声は俺のすぐ隣から聞こえていることに気づいた。

誰が泣いているか、何て普通すぐに気づくはずなのに。
俺はしばらく透が泣いていることに気づかなかった。
タオルケットを頭にすっぽり被って、体をふるふると震わせながら、声を押し殺すように泣いている。

その姿に、溜まらず声をかけた。


「透・・・」

「っ!」


瞬間、ビクッと跳ねた透はゆっくりとこちらを向いた。
頬を濡らす幾重もの涙の痕。
あまりの見慣れない光景に、思わずまじまじと透の顔を見てしまう。


「っご、めん・・・起こしちゃった・・・?」
「いや・・・」

しゃくりあげながら、タオルケットで涙を拭う透。
それでもポロポロと涙がこぼれる。


「具合でも悪いのか?」

近寄って透の顔を覗き込む。
濡れた瞳には俺が映り込んでいた。
ふるふると首を横に振る透。こういうときはどうしていいかまったく分からない。
俺まで不安な気持ちになる。


「ごめん・・・弦一郎・・・、そんな顔しないでも大丈夫だから・・・」
「・・・・・・・・・」

俺の顔を見て、笑うような顔をつくる透。

何が大丈夫だ馬鹿者。
そんな顔で大丈夫と言われても、説得力なんてまったくないぞ。


しかし、かける言葉が見つからず「恐い夢でも見たのか?」なんて、陳腐な台詞を吐いてしまう。
自分が何だか滑稽だ。

その言葉に、またゆっくり首を横に振る。
また涙がこぼれた。

「いっそ・・・夢だったら・・・よかったのにね・・・」
「?」
「私・・・この世界にいていいのかな・・・」
「・・・・・・何を・・・言っているのだ?」


訳が、わからなかった。
透が泣いていることも、その言葉の意味も。
彼女は望まれてこの世界に生まれてきたはずなのだ。

「不安で・・・不安で堪らないの・・・弦一郎・・・」

タオルケットをぎゅっと握り締めて、透はまた静かに涙を流した。


「・・・少なくとも、俺はお前に会えて嬉しい、と思っているぞ・・・」
「・・・本当に?」
「俺が嘘を吐く男だと思っているのか?」

そう問えば、またふるふると首を横に降った。


「お前は、父や母に望まれて生まれてきたんだろう?それに俺も精市も、俺の家族だって、みんなお前のことが好きだ。お前は恵まれているし、幸せなはずだろう?」

何をそんなに不安がるんだ。
何でそんなに泣くんだ。
いつもは笑ってばかりなのに。
知らないだけで、お前はいつも一人で泣いていたのか?

「うん・・・幸せ・・・幸せなの。幸せすぎて・・・切ないの・・・。最後の挨拶もできなかった・・・。私・・・私達って・・・親不孝なのかな・・・?」


アメリカでの生活のことを言っているのだろうか。
それに「私達」とは一体誰のことを指しているのだろう。
言っていることがまったくわからず、俺は困惑するしかない。


「お前の言っていることは・・・俺にはよく理解できないが・・・。お前が幸せなら、親も幸せであるはずだ」
「っ・・・弦一郎・・・」
「他には何が不安なんだ。全部俺が聞いてやる。だから泣くな馬鹿者」
「・・・・・・」

言った後にハッと気づく。
(・・・・・・何で俺はこうなんだろう・・・)

慰めるつもりが逆に説教をしているような口ぶりの自分が情けない。
どうも俺はこういうのは似合わない。
透に涙も。
お前は笑っている顔が1番似合う。

無言で俺を見つめていた透がおずおずと言葉を紡ぐ。
消え入りそうな、小さな声。
その震える声に、胸が締め付けられる。


「・・・・・・消えてしまうのが恐い・・・。全部目の前から消えてしまうのが恐いの・・・。私達は、運が良かっただけ・・・でも、いつか独りになるんじゃないかって・・・」

そう言ってまた、透の顔が歪む。

泣くな。泣くな。泣くな。
そんな顔するな。
そんな顔は見たくない。


「・・・俺がいる」
「ぇ・・・?」

震える透の手を握る。
少しでも寂しくないように。
泣かないように。

「独りになるのが恐いなら、俺がずっと一緒にいてやる。だから独りで泣くな!」

本当にそう思った。
握った手を更にギュッと握る。
独りではないと、そう思えるように。

「何なら指きりしてもいい」

透の小指と自分の小指を絡ませる。
その行為に、また透の涙が一筋落ちた。


「・・・・・・・・ありがとう・・・弦一郎・・・」

指を絡めたまま、透は静かに静かに微笑んだ。



お前に泣き顔は似合わない。
ずっとずっと笑っていてくれ。
お前が泣きたいときには、寂しくないように側にいてやる。
だから独りで泣いてくれるな。
だから独りで抱え込むな。ずっと、側にいてやる。

ずっと、ずっと ずっと。
ずっと一緒にいてやるから。

だから、この右手の小指はお前だけに預けておく。



【終】



・・・・・・

甘~いいいいいい!!!!!!\(^0^)/
これで弦一郎さん、惚れてないなんて言ったら嘘ですね!!!(笑)
これ、ほとんどプロポーズやんなあ。ニヨニヨ
純粋な弦一郎の言葉はキュンキュンしますね。
でも弦一郎は自分が告白したとか、恥ずかしいこと言ったとかそういう認識はなくて、
もうちょっと大きくなってから、思い出して、独りで感傷に浸るといい(笑)

弦一郎可愛いよ弦一郎^^
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「何モノ欲しそうな顔してるぜよ」
「っ!」





メガネの奥の






ふいに後ろから声をかけたら、柳生の体がビクリとした。
こりゃ愉快。

柳生の視線の先には、2人のチームメイト。
笹本透と柳蓮二。
スコア表を見ながら何やら2人で話し込んでいる。



「からかうのはよしたまえ仁王くん」
「まあ、からかうのは俺の性じゃ。しょうがなかろ」

キッと柳生は俺を横目で見る。
メガネがキラッと逆光で光った。



「それに、あまりにも熱心に見とるもんじゃからの」
「・・・・・・っ」


柳生はメガネのフレームを指で持ち上げながら俺から視線を元に戻す。


(おーおー・・・珍しくムキになりおった。そんなに奴さんらが気になるか)


柳生の目線の先を追いかければ、やはり例の2人。
我らがマネージャーと参謀だ。
はっきり言って、傍目から見てもいい雰囲気ではないかと思う。
別段、透と柳は恋人同士というわけではないが。


「透が柳に気があるかは分からんぞ?柳生よ」
「仁王くん・・・何の話をしてるんですか・・・」
「何って、恋バナに決まっとるじゃろ」


両の手でハートマークをつくって見せたら、「ハァ・・・」と柳生に溜め息を吐かれた。
なんじゃ、人が折角元気付けてやろうとしちょるのに。


「・・・私はそういうのではありませんよ」
「何言っとるんじゃ、随分熱っぽい目で透のこと見つめとったくせに」
「べ、別に私はそんな邪な目で透さんを見てたわけでは・・・!」
「声がデカいぜよ柳生」
「・・・っ!」


パッと柳生が黙る。


(・・・くくっ・・・・面白いのう・・・)


まあ、柳生の気持ちが解らんでもない。
普段、透と柳生はウマが合うのか、テニス部メンバーの中でも随分仲がよいからの。(真田は別として)
そんな友人が、他の男に取られたみたいでちょっと面白くないんじゃろうな。


この気持ちをどうすればいいかわからない…





番外:近すぎて、遠すぎて





6月のこの時期は雨が降ってばかりで気が滅入る。
俺は幼馴染みと共に学校から家までの道のりを歩いていた。


いつもは伊織を含めた3人で一緒に帰るのだが、珍しく今日は伊織がいない。
何でも、久々に会う両親と3人、親子水入らずで食事をするらしい。
制服姿のまま、部活が終わると早々に消えていった。



透と2人だけで帰るのは何ヶ月ぶりだろうか。
昔は毎日のように2人で帰ったものだが・・・。

隣りには透の赤い傘。
ほの暗い雨の中、目の醒めるような赤は、ことさらに際立って見えた。

綺麗な赤でしょ?
と言った中学1年の頃の透を覚えている。

『雨だからこそ明るい色を』というのは透の持論だ。





「こう雨が降ってばかりだと、テニス出来ないね」

沈黙を破るように、そう透が口を開く。


何ともなしに、そうだな。と返す。
また雨の音しか聞こえなくなる。

また無言が続く。
しかし俺も透も気にしない。
俺は元々口数は少ない方だし、透もそれをわかっている。

会話はあまりしない。
というより透が質問をして、俺が答える感じだ。
だから全く会話がないわけではないが、こんな風に沈黙が続くことはしょっちゅうだ。
だが、そんな気兼ねしない関係が俺には心地よかった。
そんな関係が好きだった。


雨蛙が鳴いている。
もう本格的に夏の季節だ。

夏はテニスが思いっきりできる。それに大会も近い。
夏になったら久しぶりに透と伊織と試合をしないか。と幸村と話をしていた。
透も伊織も不平を漏らしていたが、きっとそれまでには2人とも万全の体調を整えるだろう。
今から楽しみだ。
もう、随分と試合をする透を見ていないような気さえする。




雨は、一向に止む気配はない。
ちらり。と透を見る。

赤い傘のせいで、いつもよりも透の肌が白く見える。
同じ様に日々過ごしているというのに、俺よりもはるかに白い肌。



どき。



胸が一寸高鳴った。


(…何故緊張せねばならんのだ…くだらん)


邪念を打ち砕くように頭を振る。
いつもと変わらない帰り道――――。

――― 何故か鼓動が速くなる。




「…弦一郎、なんか難しい顔してる」
「っ!」

気付けば目の前には透の顔。


(す、少し近すぎではないか…?)



俺の顔を下から覗き込んでいる。
いつの間にこんなに身長に差が出てしまったのだろう。
内心気が気でない俺を余所に、透は俺の額に手を伸ばす。


「なっ何を・・・」
「何って・・・、顔赤いから」



心配。と、そう柔らかく微笑む。
透の手が触れた箇所から熱を帯びていく感じがした。
顔が熱い。



「・・・お前と違って体調管理くらいきちんとしている。心配無い」
「私と違って・・・って、失礼な。・・・まあそれもそうか」


思わず素っ気無い態度をとる。俺らしくもない。
しかし、大して気にした様子も無く、納得したように透は額から手を離す。
手を離さないで欲しいと、そう思ったのはきっと気のせいだ。


「弦一郎?」
「・・・・・・ああ」


透が数歩先にいる。心まで遠いところにいるような錯覚。
幼い時分は感じなかったこの感覚。
歩きなれた道。一緒の時間。
心だけが、どんどん遠くなる・・・。


(・・・何を考えているのだ・・・俺は・・・)




透の俺に対する態度は、5歳のときから変わらない。
それは嬉しくもあり、その反面僅かばかりの虚しささえ感じてしまう俺は、一体透に何を期待しているのか。



「ふらふらするな透。また転ぶぞ」
「む!転びませんよ。昔じゃあるまいし」


傘をクルクル回して不満げな声をあげる。
この間、溝に足をとられて伊織に笑われていたのはどこの誰だ、まったく。
運動神経はよいはずなのだが。
相変わらず危なっかしい。
やはり俺がついていないと駄目だと思ってしまう。



そう思った瞬間。
道路の角から車が急に飛び出て来た。



「透っ!」
「っ!!」



咄嗟に腕を引っ張る。

軽い。




「・・・・・・馬鹿者!これだからお前は目が離せないのだ!!」
「ご、ごめん弦一郎・・・」


あちらも暴走運転に近かったとはいえ、こちらも前方不注意だ。
視野を広くすれば事前に対処できたものを。


「あのままお前が進んでいれば轢かれてしまうところだぞ!」
「うっ・・・」
「俺がいたからいいものを・・・・・・まったく・・・たるんどる!」



俺は昔と同じ感覚で、透の手をとって歩き出す。
透は無言でついてくる。
繋がった手が、熱を持っている気がする。
繋いでいるといっても、透の手首を俺が握っている形だから、厳密には繋いでいるとは言い難いが。




しばらく無言だった。
耳につくのは雨の音ばかり。







「・・・・・・弦一郎、痛い・・・」


ふいに透が言った。
気づけば随分な力で握っていたらしい。
反射的に手を離すと、透の手首は薄っすらと赤くなっていた。



「・・・すまん」
「ううん・・・」


フルフルと透が首を横に振る。
手首を見やると、当たり前だが俺の手の形通りにくっきりと痕になっている。


(・・・・・・っ)


俺がつけた痕。なんて言うと、何だか申し訳ないような、恥ずかしいような、なんともいえない気持ちになる。
それにしても、手首とはこんなに細いものだったろうか。
力を込めたら折れてしまいそうな・・・。
透は反対の手で手首を擦っている。


「・・・痛むか?」
「ん・・・少し」
「そうか・・・」




また、沈黙。
俺も透も、しばらく立ち止まったまま手首を見続けていた。
相変わらず雨は降り続いている。






「・・・弦一郎と一緒だと・・・つい、気が緩んじゃうの」


透がポツリとそう言った。


・・・それは俺といると安心するということでいいのだろうか。
それとも、男として見られていないのだろうか。
思わずまじまじと透の顔を見てしまう。


「・・・だからと言って、前方不注意の言い訳にはできんな」
「うん・・・」
「まったく・・・注意散漫なのは相変わらず変わらないな」
「・・・ありがとう、弦一郎」
「いつものことだ・・・帰るぞ」
「うん」


右手を差し出せば、迷うことなく掌に乗せられる左手。
ありがとう、と言ったときの柔らかい微笑み。
俺よりも一回り小さい手から伝わる温度。
それらが俺の心を満たしていく。



透が好きではない。と、そう言ってしまえば嘘になる。
自分でも恋愛として「好き」かどうか、というのはこの時の俺はわからなくて。

気づいたときには、もうお前は手の届かない所にいた。
どんなことをしても手に入れたいという欲求が、俺にもあるのだと知った。
しかし、その話はもっと先の未来の話。




【終】
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